きょうはいっきに初夏・・・のような日だった。
陽気に誘われて、水元公園を歩いた。
水面をただひたすら見つめて、糸を垂れている釣り人がたくさんいた。
遊歩道に枝を垂れている桜も葉が繁って。
「江戸名所、しばられ地蔵尊」の看板につられて、寺の境内に足を踏み入れた。
名のとおり荒縄でぐるぐる巻きにされた地蔵さんがいた。
その脇の「1本100円」と書かれた札、
箱の中にたくさんの縄が置かれてあって、参拝者が願を掛けてしばる。
頭がよくなる?ように、頭に縄を1本巻いてみた。
それにしても、しばられた地蔵さんの姿は奇妙だ。
この姿の落としどころは如何なことか・・・・。
リーフレットの「しばられ地蔵の由来」に目を通す。
その昔(八代将軍・徳川吉宗の治世)、呉服屋の手代が反物満載の荷車を門前に置き、
境内で一休み、居眠りから目を覚ますと、門前の荷車がない。
届けを受けた番所では、当時の名奉行大岡越前守の調べとなった。
「寺の門前に立ちながら、泥棒の所業を見過ごすとは地蔵も同罪なり、
よって直ちに縄打って召し捕って参れ」ぐるぐる巻にされた地蔵が市中を引き廻され、南町奉行所に。
『地蔵への裁きとは・・・』と町人が奉行所になだれ込んだ。
頃合いを見て越前守は閉門させ、「天下の白州に乱入するとは不届至極、罰として各人反物一反の科料を申しつける」
奉行所は反物が山となり、手代に見せるとその中から盗品が出て、盗賊団が一網打尽になった。
越前守は地蔵尊の霊験に感謝し、お堂を建立し盛大な縄解き供養を行った。以来「しばられ地蔵」と呼ばれ、あらゆる願い事を叶える地蔵として、願を掛けるときはしばり、叶ったときは縄解きする風習が生まれた。
うん、うん・・・・。
陽気に誘われて、水元公園を歩いた。
水面をただひたすら見つめて、糸を垂れている釣り人がたくさんいた。
遊歩道に枝を垂れている桜も葉が繁って。
「江戸名所、しばられ地蔵尊」の看板につられて、寺の境内に足を踏み入れた。
名のとおり荒縄でぐるぐる巻きにされた地蔵さんがいた。
その脇の「1本100円」と書かれた札、
箱の中にたくさんの縄が置かれてあって、参拝者が願を掛けてしばる。
頭がよくなる?ように、頭に縄を1本巻いてみた。
それにしても、しばられた地蔵さんの姿は奇妙だ。
この姿の落としどころは如何なことか・・・・。
リーフレットの「しばられ地蔵の由来」に目を通す。
その昔(八代将軍・徳川吉宗の治世)、呉服屋の手代が反物満載の荷車を門前に置き、
境内で一休み、居眠りから目を覚ますと、門前の荷車がない。
届けを受けた番所では、当時の名奉行大岡越前守の調べとなった。
「寺の門前に立ちながら、泥棒の所業を見過ごすとは地蔵も同罪なり、
よって直ちに縄打って召し捕って参れ」ぐるぐる巻にされた地蔵が市中を引き廻され、南町奉行所に。
『地蔵への裁きとは・・・』と町人が奉行所になだれ込んだ。
頃合いを見て越前守は閉門させ、「天下の白州に乱入するとは不届至極、罰として各人反物一反の科料を申しつける」
奉行所は反物が山となり、手代に見せるとその中から盗品が出て、盗賊団が一網打尽になった。
越前守は地蔵尊の霊験に感謝し、お堂を建立し盛大な縄解き供養を行った。以来「しばられ地蔵」と呼ばれ、あらゆる願い事を叶える地蔵として、願を掛けるときはしばり、叶ったときは縄解きする風習が生まれた。
うん、うん・・・・。


